1:絵具とは?
(定義)
絵具とは、色基質(Color Base /色素)と融剤(Flux /フラッキス)の混合物です。
- 色基質 ( Color Base / 色素 )
色基質とは、絵具の色材となる部分で、色別に各種の金属酸化物等を調合し焼成された着色用の色素です。
- 融 剤 ( Flux / フラッキス )
融剤とは、硼硅酸鉛ガラスの粉体を溶解して急冷されたガラス塊です。酸化鉛などの低融点の金属を使用することで極めてスムーズな融着を可能にしています。
融剤は無機顔料との相性もよく、ガラス成分は色素の発色を助長いたします。酸化鉛を主原料とした融剤は長く使用されてきていますが、近年、鉛などの重金属の溶出問題より各種の改良が施され耐薬品性等が強化されています。
また、最近では他の金属を使用することにより完全無鉛化されたフラッキスも開発されています。
* ガラス、オングレーズ、イングレーズ絵具は使用されている融剤の融着温度が異なる点が大きな違いです。
2:絵具の種類
絵具は焼成効果(温度)により下記のように区別されます。
(焼成温度は目安であり、生地の材質、色、使用する窯などにより異なります。)
- ガラスカラー (ガラス用, Glass Color) 530℃~630℃
低温用 (Low Temperature Glass Colors) *クリスタルガラス用等
高温用 (High Temperature Glass Colors) *業務用・市販用
耐熱ガラス用 (Low Expansion Glass Colors) *高温用に種別されます。
透明カラー(Transparent Glass Colors)*ステンド調
- オングレーズカラー(上絵用, On-glaze Color) 780℃~880℃
有鉛絵具 (Normal Colors)
耐酸絵具 (Acid Proof Colors)
無鉛絵具 (Lead Free Colors)
- イングレーズカラー (In-glaze Color) 1,150℃~1,230℃
有鉛系 (Lead Type)
無鉛系 (Lead Free Type)
- アンダーグレーズカラー (下絵用, Under-glaze Color) 1,280℃~1,400℃
* アンダーグレーズ絵具にはフラッキスがほとんど含まれていないため(色素に近い性状)種別上、上絵具には含めません。
<和絵具について>
なお、上記分類は一般的な西洋絵具(国産及び海外製品)を対象としていますが、日本には伝統的な和絵具が存在し、有田、九谷、清水焼などで使用されています。
同じ上絵具でも、西洋絵具と和絵具は色基質(色素)や融剤(フラッキス)の成分に大きな違いがあります。和絵具は融剤(フラッキス)に透き通るような透明感が求められ、故にガラス質の多い成分が多用されています。
(例:和絵具の場合、酸化銅が緑色素の主材料であるのに対し西洋絵具の場合は酸化クロムが緑色素の主材料です。)
和絵具と同様な絵具には中国/景徳鎮の粉彩(絵具)があります。
3:絵具の仕組み
絵具は色基質( Color Base / 色素)と融剤( Flux / フラッキス)の混合物です。
この項では、その中で、通常使用されている西洋絵具(ガラスカラーを含む)の仕組みについて述べます。
1: 色基質(色素)がどのような金属酸化物から成り立っているのかを下記の表にしました。
(表3-1)
Color | 主なる成分 |
White | 酸化スズ , 酸化ジルコニウム |
Blue | 酸化コバルト |
Green | 酸化クロム |
Red | 酸化第二鉄 |
Brown | 酸化鉄 , 酸化亜鉛 |
Black | 酸化コバルト, 酸化鉄, 酸化クロム, ニ酸化マンガン |
Yellow | アンチモン酸鉛 |
Gray | 酸化コバルト , 酸化スズ |
Cadmium Yellow | 硫化カドミゥム |
Cadmium Red | セレン化カドミゥム , 硫化カドミゥム, 硫化セレン |
Maroon | 金(高含金) |
Purple | 金(高含金)・炭酸銀 |
Lilac | 金 , 酸化コバルト |
Pink | 金 , 炭酸銀 |
- 含金絵具の色基質の製法は極めて特殊で、金を各種の溶液にて溶解を繰り返して、
コロイドを形成後加工して色材として使用します。
2: 絵具において混色の可否が存在します。
一般的には下記のような注意が必要です。
a: セレン化カドミウム及び硫化カドミウム(Selen Red, Orange, Cadmium Yellow)はそのグループ内のみにて混色可です。
(一般絵具との混色は硫化鉛を形成することで、赤色素を破壊してしまいます。従って、全体が赤黒くなります。)
b: 酸化鉄系 (Iron Red, Brown, Gold Brown, Salmon ) は酸化クロム系 (Green)や酸化コバルト系 (Blue, Black, Gray), アンチモン酸鉛 (Yellow) との混色は注意が必要です。熱を加えた場合に反応し脱色する場合があります。
c: 酸化クロム系 (Green) と含金系 (Maroon, Lilac, Pink) との混色のとき稀に含金絵具が茶変することがあります。酸化クロムは含金絵具のみならず金液にも影響を及ぼすことがあります。
* 混色を多用する場合、できる限り事前に焼成試験にて確認を行なうことが望ましいです。
3: 融 剤 ( Flux / フラッキス)の主なる成分を下記に表します。
(表3-2)
主なる成分 | |
Flux | 酸化鉛・硅 石・硼 酸・アルミナ |
融剤(フラッキス)は絵具とグレーズ(釉薬)とのスムーズな融着の実現、絵具の色艶の再現には欠くことの出来ないものです。硼硅酸鉛ガラスがグレーズ(釉薬)とよく馴染むことにより、すばらしく艶やかなガラス質を形成します。
融剤(フラッキス)は、各種の異なる色相の絵具(異なる色素)を一定条件の焼成温度(約800℃)で絵付をする時、安定した色相を確保する役割をもっています。
無鉛フラッキスは鉛に変わって他の金属によってスムーズな融着を可能にしていますが、焼成温度が約30℃高くなります。
4:絵具の製造工程
絵具の製造工程はおおよそ次のように説明できます。
(表4-1)
色基質(色素) 融剤(フラッキス)
| |
調合・混合 調合・混合
| |
焼 成 900℃~1,300℃ 溶 解 1,200℃~1,300℃
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色基質(色素)の完成 融剤(フラッキス)の完成
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調合・混合・粉砕 (ポットミル、アサガオミル)
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脱水・乾燥
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仕上加工
国産・海外(ドイツ・イギリス等)各社は、同様の方法で絵具を製造しています。
上記は一般的な西洋絵具の製造行程を示しています。
和絵具の場合、色基質(色素)においては焼成前色素の状態にて各色素と溶解ガラスを調合・混合します。
透明感のある盛用絵具が多数製造されています。
各色基質(色素)ごとに融剤(フラッキス)は作成されます。
それぞれの金属に希望の発色効果を求めるためには微妙な調合・混合が必要となります。
絵具の製造は永い間の研究と経験によって維持され、今日、安全というテーマに直面しながらさらにレベルアップしています。
5:より良い絵具にするために
描きやすい絵具 = ムラのない絵具 = 微粉末の絵具=良い絵具
と言われていますが実際はどうでしょうか?
1:絵具の粉体について予備的知識を列挙します。
a:絵具の一般的な粒度(大きさ)は1ミクロンから10ミクロンくらいですが、
平均は6ミクロンくらいです。(粒度分布といいます。)
(1ミクロンは1/1000ミリ)
一般的に微粒品と言うのは10%から15%くらい微粉砕仕上げになっている粉体のことを指しています。(粉砕時間を長くしている。)
b:粒度分布(例)
細かい 普通 荒い
6μ以下 7-9μ 10μ以上
粒度分布は通常、富士山型のカーブとなります。
粉体がより細かい場合はセンターが左側へ寄り、分布の幅が狭くなります。
荒い場合は逆に右寄りとなり分布の幅はやや広がります。
c:異なる大きさの粒子が組み合うことで焼成後の絵具面の均一化や融着の安定化がはかられます。
d:粉体は静電気を帯電しやすく、粒子同士が寄ってしまう2次凝集を起こしやすい性質があります。
特に微粉末加工されたものにその傾向が多くみられます。2次凝集の発生した粉体はザラツキ感がありヘラやパレットナイフではなかなかほぐれません。
e:粉体は、吸湿しやすい性質があります。
吸湿は絵具に最大の敵です。吸湿による2次凝集は容易にほぐれることが無く、よく粒度が荒い状態と勘違いされます。焼成時に絵具のトビ等を発生させることもしばしあります。
特に、梅雨時の湿度には十分注意を払って下さい。もし、吸湿してしまった場合は、電子レンジで乾燥させるのではなく、鍋などで炒るようにしますと元のサラサラな状態にもどります。(ホットプレートで乾燥させることもできます。)
2:良い絵具とは?(使いやすい絵具とは?)
正確に言えば、描き易い(運筆が良い)状態にするためにメディウムオイルで溶いたペースト状(リキッド状)の絵具であり、焼成後、期待通りの色艶を出してくれる絵具のことを言います。(可能か不可能かは別として。)
では、良い絵具を作るための秘訣は?
a:メディウムオイルと良く馴染んだ状態にします。理想は混合後、1日か2日ぐらい密閉容器の中で寝かせます。オイルが絵具の粒子に満遍なく含浸しますので非常に滑らかになります。
b:溶剤はできる限り樹脂量の少ないオイルの方が焼成上は好ましいと思います。
残留アッシュ(炭化物)が絵具内に封じ込まれ斑点状に残留することがあります。
(特に、ガラス用絵具によく見られます。)
c:絵具は使用前に必ず乳鉢か角乳棒またはパレットナイフ使ってガラスパレットの上で摺り上げてください。
(凝集した粒子を解す)
d:吸湿していない絵具を使用してください。
吸湿した絵具で描きますとボタツキ感があり、焼き上がりも艶が退けることがあり、色トビを起こすこともあります。
e:使用時に再度150メッシュ位のふるいでふるってください。
素晴らしい絵具になります。
f:絵具はそれぞれ嵩比重(カサ比重)が異なります。
オイルは出来る限りそれぞれに応じた量にて対応して下さい。
g:通常より約10%くらい微粉末化するために仕上加工(湿式粉砕加工)を施し、絵具に筆使いのスムーズさをもとめるのも効果的ですがリスクもあります。
描きやすいということと焼成効果が良いということは別の要素であると言うことを理解ください。
微粉化の最大の欠点は色素の彩度が淡くなることです。
また、微粉化することでかさ比重が軽くなります。それは、メディウムの量が増えることを意味します。全体に薄塗り傾向になり、焼成後の艶が不足しがちです。
ブルー、イエローなどは特に注意が必要です。
( 対策としてはシンク・イン化しやすいグレーズ(釉薬)との組み合わせや、高温焼成(迅速)することを考えるのも一案です。)
h:絵具が原因と思われるトラブルはいくつかありますが艶の不足や発色不良は焼成窯のトラブルが原因のケースも多くあります。
(焼成温度不足、過剰温度、炉内の湿気、不純物の混入等)
焼成窯の温度チェックを定期的に行ってください。
6:絵具の安全性
「 絵具は毒ですか?」
どういう訳で絵具は「毒」と言われるようになってしまったでしょうか?
安全性を理解するうえで 第1項の「絵具とは?」,第3項の「絵具の仕組み」を関連させて考察する必要があります。
一般的に「毒」と言われる主な理由:
絵具中の成分に「鉛」「カドミゥム」が存在している。
継続的に同一人物が同一の食器(この場合半磁器)をジュース(強酸性質)等の飲用に使用し続けた結果として「鉛中毒」をになったためと言われています。(メキシコ)
「カドミ」の場合は「イタイイタイ病」公害のクローズアップによりその存在がと毒性が注目されるようになりました。
陶磁器の加飾の専門メーカー(転写印刷・絵付業等)は「鉛」・「カドミ」を色剤の原材料の一部として認識し、正しい知識と高度な技術によりそれらを適切にかつ安全に利用してきました。
故に、その技術は多様で感性ある色彩を表現するための貴重な技術なのです。
今日、「安全」がすべてにおいて優先される中、その「鉛」・「カドミ」の存在とその利用技術の継承そのものが問われてきています。
対策は無鉛、無カドミ絵具への全面的転換があげられますが、絵具が開発途上である故に絵具の性質上手描き及び印刷用の絵付けには必ずしも適しているとは言えませんでした。
最近、その品質がより改良され、色、艶、運筆性、印刷適性とも水準以上の絵具が開発されました。今後、無鉛絵具は主流となります。
現状で質感を求める場合は、安全性の高い良質な耐酸絵具を使用するか、もしくは限定した使用方法により従来の有鉛絵具を使用するかのどちらかです。(色相・艶は圧倒的に有鉛絵具の方が優れています。)
大手製陶メーカー各社は、殆ど無鉛化になっています。
「鉛」、「カドミ」の溶出量は各国で規制されています。:
その規制は主に販売用食器を対象に形状別溶出規制として行われています。
(日本の場合は食器に対して食品衛生法が適用されます。)
装飾工芸品はこの規制の対象外となるため、一般の方が絵付けを楽しむ場合、短絡的に「鉛」や「カドミ」の使用した絵具を敬遠する必要はありませんが、その使用法には以下のような注意が必要です。
・絵具の常置場所を決めておき、特に乳幼児には注意を払ってください。
・カップ内面などへの中絵付けは出来る限り避けてください。
・焼成温度は780℃から820℃(金液焼成など例外もあります)でキープタイム(練り)を設定してしっかり焼き込んで下さい。色、艶が良い以上に鉛、カドミゥムの溶出を最小限にすることが可能です。
下記の点に関しては、換気に十分注意を払い、出来るだけマスクを着用してください。
1:絵具の粉体を吸引しやすい。
2:メディウムなどに有機溶剤などが使用されている。
3:臭いに対する嫌悪感。
後 記
「鉛」や「カドミ」のような物質の有害性のみを強調するばかりに、その利点をも否定するならば、陶絵付のみならず陶磁器の彩色文化そのものを否定することになりかねません。
私達は、先人達の叡知を財産として、その文化と伝統を次代へ継続させなければなりません。そのためには、安全性や環境への配慮を常に念頭に置きながら、正しい知識に裏付けられた絵具の使用が必要です。
[ 参考文献 ]
1)色彩科学ハンドブック 南江堂
2)陶磁器 宮川愛太郎 共立出版
3)陶磁器顔料 加藤悦三
© 2016 MITAMURA CO., LTD.